学校概要
明治8年宍戸藩校徳修館の侍講であった宮川視明の志を受け継ぎ誕生した「高水村塾」は、儒教精神に基づく寺子屋風私塾として、農山村子弟の教育にあたりました。そのため、『人格の鍛錬』を意味する『徳性の陶冶』と『教育の実践』を建学の精神とし、永く続く学園においては、それが校風となり、自ずと伝統となって、生徒一人ひとりの胸に脈々として受け継がれていく高水スピリッツとなっています。
校訓
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人格の錬成に重点をおく。 そのためには、教師と生徒との精神的親和が大切で、教師は常に熱意と誠意を持って生徒を導かなくてはならない。 |
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青年は快活、明朗さが生命である。 豊かな教養を培い、堅実で伸び伸びとした青年でなくてはならない。 |
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勤労を尊び、事に当たって率先、かつ積極的でなくてはならない。 この慣習を養うことが将来自己を幸福にし社会国家にも役立つことになるのである。 |
高水学園のあゆみ
| 明治31年 | 4月10日、熊毛郡高水村(現周南市)に高水村塾を設立 |
| 大正12年 | 財団法人山口県高水中学校を設立 |
| 昭和23年 | 学制改革により山口県高水高等学校に移行、併設中学校は付属中学校と改称 |
| 昭和29年 | 岩国市に転出 |
| 昭和34年 | 校名を高水高等学校・同付属中学校と改称 |
| 昭和46年 | 法人名を高水学園と改称、岩国短期大学を設立 |
| 昭和56年 | 岩国短期大学開学10周年記念式典を挙行 |
| 昭和59年 | 岩国転出30周年記念式典を挙行 |
| 平成10年 | 高水学園創立100周年記念式典を挙行 |
| 平成16年 | 岩国転出50周年 |
旧藩時代、三丘宍戸藩校徳修館の侍講であった宮川視明が、山口県熊毛郡高水村(現周南市)の烏帽子岳の山ろくに、磨鍼塾と称する私塾を開いて郷党子弟に孔孟の道を講じていた。
当時その徳望を慕って遠隔の地から来り学ぶ者も多かったが、視明の没後はその後継者がなく一時中絶した。
明治31年、同村の江田保は、同郷の人である正覚寺住職伊東法住、篤学者河谷茂作と計って、視明の嗣子である宮川泰を設立会長に推し、河村道篤を塾長に迎え、修業年限2ヵ年の私立高水村塾を同村字新町に設立した。
その後高水村塾は財団法人山口県高水中学校になり、爾来55年間、この地にあって農村子弟の教育に当たっていたが、時代の推移に伴い、昭和29年岩国市及び隣接町村の要請をうけ、現在地に学校を移転し、昭和46年学校法人高水学園と改称。
高等学校・付属中学校・岩国短期大学を持つ学園として今日に至っている。
校歌







