高水高校付属中学校
学校法人 高水学園
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研究・成果発表
| 立志 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 立志 二年一組 星出 諒太 「立志」それは目標を定めて、それを成しとげようと決心すること。すなわち、将来の夢を実現させるために努力するということです。僕の将来の夢は、中学校の教師になることです。なぜかというと、色々な先生方の働く姿を見てとても憧れを持ったからです。僕の学校の先生方は、ユーモアも交えながら、とても分かりやすく授業を教えて下さいます。それに、僕の父も中学校の教師をしています。夕食の時などに色々と学校の話を聞いていくうちに、「僕も中学校の教師になりたい。」と、思うようになりました。 立志の作文を書くにあたり、「夢を実現するためには、今の自分は何に一生懸命取り組めば良いのだろうか。」と考えました。考えた結果、三つのことを見つけました。一つ目は「勉強」です。子供たちに勉強を教えるわけですから、自分も勉強する習慣を身につけておかなければいけません。また、正しい勉強の方法も身につけておきたいと思います。分からない問題は分かるまで何回も解き直すなどの工夫も必要だと思います。どうしても分からない問題があった場合には、先生方や友達に聞くことがとても大事だと思います。二つ目は「部活」です。部活では、体力をつけるとともに、厳しい練習を乗り越えることによって、強い精神力を培うことができます。また、チームメイトとコミュニケーションをとることによって、仲間との強い絆が生まれると思います。僕達のチームは、まだ公式戦で勝っていません。ですが今、チームメイトと共に練習に励んでいます.まずは、公式戦初勝利を目指してがんばりたいです。三つ目は、今年から始めた「生徒会」です。僕達の生徒会は冬休みの三日間、「国立山口徳地青少年自然の家」という所にリーダーセミナーを受けに行きました。ここでは、グループでの課題解決や合意形成の方法を学ぶことにより、コミュニケーションやリーダーとしての資質を高めることが出来ました。この経験は、今後の生徒会活動できっと役に立つと思うので、しっかりと頭の中に入れておきたいと思います。僕は、「生徒会書記」という仕事についています。この仕事は、あまり目立たないけれど、生徒会長や副会長をしっかりとサポートしていく大切な役割です。そして、一年間という短い期間ですが、僕も色々なことで迷ったり、悩んだりすると思います。そのような時は、生徒会長や他の執行部員と共に協力して様々な課題に取り組み成功させたいです。 また、僕は中学校の先生に必要なものが二つあると思います。一つ目は「責任感」です。自分のクラスで気分が悪くなった生徒が出たら即座に判断し早急な対応を心掛けなければいけません。保護者への連絡もしっかり行わなければいけないでしょう。二つ目は「親しみやすさ」です。僕の父親は、話せば楽しい人なのですが、眉間にしわを寄せているので、一見すると気難しく感じます。僕が教わっている化学の長谷川先生は、いつもニコニコしていてジョークが面白い先生です。しかも教え方は完璧で、生徒からの人気も抜群です。僕は長谷川先生のような親しみやすい先生になりたいです。そうすることによって、生徒に楽しく授業を受けてもらえると思います。 僕は将来「教員養成系」の学部へ進学し、教職についての心構えなどを学びたいと思います。でも、そのためには人一倍努力をしなければいけません。だから、生活面と学習面の両方をしっかりとする必要があると思います。生活面でいうと、例えば規則正しい生活リズムで生活する、具体的には「おはよう」、「こんにちは」や「こんばんは」などの挨拶をすることです。そうすることにより、ともてスッキリとした気持ちになれるはずです。学習面では、先生が黒板に書かれたことだけでなく、口でおっしゃったこともノートにメモしておくようにすることや、宿題だけでなくそれぞれの教科での復習や予習もするなどです。このように少しずつの積み重ねで、大きなとても価値あるものになると思います。まさに「塵も積もれば山となる」です。 夢を実現させるために一日一日を大事に過ごしていき、自分の人生に誇りの持てるような人になりたいです。 「未来の私」 二年二組 濱岡 香帆 最近、よく考えることがあります。それは「未来の私」についてです。中学校二年生になるまでは、そんなことを深く考えたことがありませんでした。小学校六年生のとき、卒業文集で将来の夢について書くことがありました。そのときに書いた夢は「保育士」でした。でもその夢は、きっとあいまいな気持ちで書いていたと思います。今、その半端な気持ちで書いていた夢は、本当の将来の夢へと変わっていました。 なぜ保育士になりたいのかというと、子供が好きだというのが大きな理由です。それに、もしも自分が結婚したとして子供ができたら、そのときは保育士の仕事がとても役に立つと思います。 私は夢を持つだけで、どうやったらなれるのかだとか、そんな肝心なことを忘れていました。そこで、ある雑誌を読んでいました。すると、進路ナビというのがあり、将来就きたい職業についての特集がありました。いろいろな職業の名前がある中、その中に保育士があり、さっそく見てみました。そこには、保育士のなりかたや仕事の様子、実際に保育士として働いている方のインタビューなどがありました。印象としては、かなり体力のいる仕事だなと思いました。保育士の方は、 「子供が好き、人が好きなことが、何より大切な仕事です。毎日ヘトヘトになるけれど、子供たちの成長を間近で見られるのが、うれしいし何よりの幸せなんです」と言っていました。このコメントを読んだとき、なんだかこの方がとってもカッコ良く思えました。私は人が嫌いということはないですが、どちらかというと無口な方です。それに反応が薄くて会話もすぐ終わってしまいます。こんな私で本当に大丈夫なのだろうかと不安に思うこともあります。でも、子供が好きという気持ちはあります。だから、あきらめないようにしようと思いました。 まず保育士になるには、保育士を養成する学校などで勉強するのが一般的で、そこを卒業すると同時に免許がもらえるそうです。そして入社試験を受けなければなりません。とても地道ではありますが、やってみるしかありません。また何年かすれば将来の夢が変わってくるかもしれません。それでもいいかなと思っています。とにかく、自分がやりたいことを見つけたいです。 さて、題にもある「未来の私」という言葉ですが、未来の自分を想像したことはありますか?私は正直言ってありませんでした。想像していると、どんどんマイナスの方向へと考えてしまいそうだからです。つまり、怖いのだと思います。でも、怖がってばかりいても前に進めません。だから、想像してみました。結構おもしろかったりします。 私は生徒会に入りました。最初はやる気はなかったし、ギリギリまでずっと悩んでいたままでした。けれど、生徒会に入ったら自分の何かが変わると思いました。自分の内気な性格も少しは変わると…。そしてたくさんのチャレンジをしました。その中でたくさんの大切なことを学びました。仲間との協力、勇気、思いやり…。チャレンジの時、自分の考えや意見を相手に伝える、積極的にチャレンジするという目標がありました。この目標は、きっと私が大人になったときにも必要なことだと思います。生徒会に入って何かが変わるかもしれないという予感は当たっていました。「積極的」という言葉は自分には縁のない言葉だと思っていました。でも今の私は違います。生徒会に入って良かったと思うし、そこでまた違う自分に出会えました。あと中学校生活も残り約一年、この目標をいつも心がけていきたいです。 この「立志」という言葉を聞くまでは、将来の夢もぼんやりと頭の中に思い浮かべるだけでした。それに、「未来の私」についても考えたことがありませんでした。この作文を書いているうちに、今までの自分を見つめ直すことができました。そして、将来の夢へと一歩踏み出せたと思います。 立志 二年一組 弘實 紗季 今から六年前、私が小学二年生だった頃、外国ではサーズという病気が大流行していました。サーズは、世界保健機構の発表によると世界の二十八か国に広がり、多くの死者を出した恐ろしい伝染病です。まだ、小学二年だった私にとって、サーズの存在をニュースで初めて知ったときは、すごく衝撃を受けました。そして、そのころから私は少しずつ、医療への関心を持ちはじめました。小二のころの私は、そのサーズという病気の存在を知ってから、自分がもしサーズになってしまったらどうしようと、毎日不安で仕方ありませんでした。 それから、サーズという病気が世界でだいぶおさまってきたころ、小二の私はあるテレビ番組で、癌という病気を知りました。その番組は、小児癌と懸命に闘う子供とその家族、そして医師たちのお話でした。これを見て小二だった私は、最後まであきらめずに治療に専念した医師たちの姿を見て、すごく感動しました。この頃から私は、医療従事者に憧れを抱くようになりました。 中二になって、頻繁に立志という言葉を聞くようになり、自分の将来について真剣に考えるようになりました。そこで、私の頭の中に浮かんできたのは、医者という文字でした。 医者という職業は、難しいけれどとてもやりがいのある職業だと思います。人の命を扱う仕事なので、責任を持って働かなければいけないし、労働時間が長いので体力も必要です。でも、なにより大切なのは、根気だと私は思います。医者になるにはまず、医学部に合格しなければいけません。合格したら今度は医学部をちゃんと卒業し、医師国家試験に合格して、いろいろと経験を積んで、やっと立派な医者になることができます。ここまでくるには、相当な努力が必要だと思います。そこで、今私が一番すべきことは、第一段階である医学部合格のために、頑張って勉強することだと思います。医学部に合格できるように、毎日コツコツと努力して成績を上げていこうと思います。 今、医療は日々進化し続けています。それと同時に、新しいウイルスが生まれてきています。去年、世界中で大流行した新型インフルエンザもその中の一つです。それなのに日本では医者不足が問題となっています。医者が不足してしまい、将来病気になったときに、誰もみてくれる人がいなくなったら大変です。医者不足の原因として、裁判で訴えられたときにめんどうくさいからという理由をよく聞きます。悪い意味でとらえると、そうなるかもしれないけれど、良い意味でとらえれば、人の命を救う仕事でもあります。人の命を救ったときは、絶対に喜びは大きいはずです。 私は、癌という病気がいつか風邪のようにすぐ治るようになってほしいと思っています。癌は日本人の死亡原因第一位の病気です。癌は、大人から子供まで誰がいつなってもおかしくない病気です。末期癌で余命を宣告された人、小児癌で苦しんでいる子供たちや、私と同じくらいの年の子で癌で苦しんでいる子がいると思うと、胸が痛みます。癌になると、抗がん剤治療や手術などと苦しい治療をしなければなりません。なかでも抗がん剤治療は、副作用により髪の毛が抜け落ちたり、高熱やひどい吐き気、頭痛などとても苦しい治療です。将来、医学の進歩によって抗がん剤治療などをしなくても、簡単に治せる病気になってほしいです。私は一日でも早く、癌が苦しまなくてもいい病気になるように、これから医療に関する知識を深めていきたいです。 もし将来、私が医者になれたのなら、患者さんや患者さんの家族の気持ちを一番に考えられる医者になりたいです。患者さんが一日でも早く元気になれるように、全力で治療してあげたいです。まだどこの専門医になるかは、はっきりと決めていないけれど、何があっても最後まであきらめずに責任を持って頑張りたいです。 |
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| ユネスコユースセミナー2009感想文 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 人との繋がり 六年制普通科2年 吉本康貴 僕が選んだ第3分科会、「異文化について知る」では当日までにやってくる課題が出ました。それは、『あなたが一番日本らしいと思っている物思える事』を準備してくることでした。僕は和洋折衷の考え方が日本らしいと思って初日の意見交換で発表しました。同じ分科会の参加者から、「能」・「トイレの音の出る機能」・「目で楽しめたり小皿にちょっと乗せたりしている日本料理」・「ついつい譲り合ってしまう所」などが出ました。 ここでの発表には、ゲストとして招いた海外の留学生たちにも見解を求めていきました。僕たちの考えた「日本らしさ」は、留学生から見るとどれもこれも日本らしく見えるということでした。しかしその後留学生たちが発表した『日本らしい所』が能や歌舞伎など伝統文化ではなく、野球や科学技術、パチンコ屋の多さなどだったことが、とても意外で印象に残りました。 2日目は初日にまとめておいた模造紙を使って、一般の人を招き、ステージの上で発表しました。僕はあがり症のため人前でしゃべるのが苦手でしたが、大学生の人たちが色々カバーしてくれたりしたのでずいぶん助かりました。 今回セミナーを通して異文化についての理解が深まったというのも勿論ありますが、人との繋がりや助け合いについて学べたことがよかったと思います。 「さかさ」体験 六年制普通科2年 弘中寛之 ユースセミナーはとても充実したものでした。 ユースセミナーでは5つの分科会に分かれて、それぞれ決められた内容について話し合いました。私は、「人とのつながり」とは何か、について話し合いました。ユースとして今回参加した方々は、高校生から30代の方までかなりの年齢差がありました。だから初めは、この年齢差や経験の差を意識して、自分の意見もちゃんと言うことができませんでした。しかし、話しているうちにだんだんと打ち解け、意見が言えるようになりました。 話してみて一番印象に残ったことは、年齢によって思うことが違うということです。たとえば高校生は、「健康」や「生きがい」を重要な要素と考えていましたが、意外なことに大学生はそれほどでもなかったことです。違いが生まれるのは当たり前のことかもしれませんが、その違いを大学生たちと直に話をして感じることができたというのが新鮮で、私にはおもしろかったのです。 こういった違う意見を持つ違う年代の人たちと集まって話し合えたことは、このセミナーを通して一番プラスになったことだと感じています。「さかさ」をキーワードに「発想の転換」を今回のテーマにしていましたが、私にとっての「さかさ」はこの経験の中にあったと思います。 考えを深める 六年制普通科2年 弘中優子 私は今回のユースセミナーに参加するまで、臓器移植について上辺のことしか知りませんでした。確かに臓器移植法のことや海外渡航移植について聞いたことはあっても、詳しいことは分かりませんでした。 参加してみて、移植コーディネーターの方や実際に腎臓移植をされた方のお話を聞いて、新しい発見ばかりで、深く考えさせられました。私は最初ただ単に、多くの人に正しい知識を持ってもらって、臓器提供の意思表示をしてもらえればいいことだと単純に思っていなした。しかし、実際、自分が脳死状態の患者の身内だったら、機械を使ってはいても、心臓が動き、呼吸をしている家族の臓器を提供できるかと考えると、すぐには答えられません。 また、私は分科会の中で3つに分かれた内の、海外渡航移植というテーマで意見交換などをしましたが、その中で、日本の患者が助かる代わりに海外の移植手術を待っている患者のチャンスを奪ってしまうということなどの問題を初めて知りました。どのようにすれば一番いいと、一概に言える問題ではないけれど、日本は技術面では他の先進国に決して劣ってはいないので、国内でどのようにしたら臓器移植手術の需要に応えていけるのか、私はもっと考えたいと思います。
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| 2009年サマーセミナー感想文 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 「WALL」 2年2組 重田 真輝 サマーセミナーで一番楽しかったのはやっぱりTAPです。色々な問題を班のみんなで解決するのは楽しいし、なにより夏休みに入って全然動かしていなかった体を動かせたのはとても楽しかったです。
僕がサマーセミナーの中で一番楽しかったのは最終日の野外炊飯です。僕たちの班は豚汁をつくりました。
八月七日サマーセミナー始まり。天気はかんかん晴れで風もあって最高です。最高の天気からスタートしたサマーセミナー。私の一番の思い出になっているのが初日のオリエンテーリングです。三組の女子九人で力を合わせ、一生懸命ポスト探しを頑張りました。一枚の地図を頼りに、坂を登ったり、雑草の多いとこを通って、辛い時は皆で手を貸しあって次へ次へと見つけていきました。見つけたときのあの嬉しさは忘れられません。もう、皆でハイタッチです。九人がそれぞれ意見を出し合い、それをまとめ、そして実行にうつして、暑い中もくもくと歩いて見つけました。皆が意見を出さず、まとめる人もいない、実行にうつさない、これでは一つも見つからないと思います。皆が一つになってやらないと何に関してもできないと思います。私達三組六班は、今までに学んできたことを、このオリエンテーリングに生かし、協力してたくさん見つけることができました。皆で暑さを忘れるくらい楽しくできました。やっぱり人間や動物はこうやって支え合って生きているんだなと、改めて思いました。
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| UNESCO 青年交流信託基金2009ユーススタディーツアーinカンボジア報告 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 感謝の心 六年制普通科3年1組 兼森 葵 私はスタディーツアーへ行く前に2つ抱負を掲げていました。 1つ目は,カンボジアの歴史や文化の根底にあるものを感じることです。浅くではあるが現地の人の声を聞いて学ぶことができたので,本には載ってない,もっと貴重な,カンボジアの人々の中にある“歴史”に触れることもありました。その中で彼らの歴史の中だけでなく,国全体にポル・ポト政権の傷跡が未だに癒えぬ状態であるのがカンボジアの現状なのだというのを改めて実感しました。ありのままのカンボジアを自分の目で見て最も強く感じたことがあります。それは,“教育の大切さ”です。具体的には,“物事の善悪を自分で考え判断できる能力を養う教育”が重要だと感じました。カンボジアにおいての教育は,家庭の教育への理解が鍵を握っています。教育よりも家庭のために働き,生活のために稼ぐという考えが貧困層を中心に根深くあり,富裕層しか教育は受けられません。教育格差を無くし,貧困の悪循環を断ち切れる力が教育にはあります。だから教育の大切さを貧困層の家庭へ広めていく必要があります。 2つ目は,笑顔の輪を広げることです。現地の人とは言葉が通じませんが,笑顔は世界共通のものです。今回現地の子ども達との交流があったのですが,そこで強く実感しました。笑顔には絶大な力があり,笑顔は世界共通語のようなものだ,と。子ども達が住む村の様子を見ても,決して満足のいく状態ではないと始めは感じました。しかし子ども達の笑顔を見て,彼らからしてみれば,村での生活が彼らにとって普通のことで,満足・不満足の問題ではないことが分かりましたし,彼ら自身は幸せそうでした。そう思うと,心の底から笑顔になれる自分がいました。大きく笑顔の輪が広がったと感じた瞬間でした。 私の中で,スタディーツアーの抱負は達成できたと思っています。次にまた新たな抱負を掲げるならば,“見てきたこと感じたことをできるだけ多くの人に伝え,現代の日本に生まれたことがいかに恵まれたことであるかを考えてもらうこと”です。この抱負を掲げたきっかけは,スタディーツアーの事前研修で日本ユネスコ協会連盟の副会長がおっしゃった「世界が平和になる方法をみなさんなりに探してください」という言葉です。現代の日本にはカンボジアとは異なった様々な問題があります。日本には物が満ちあふれ,物質的に不自由は少ないけれど,どこか精神的な面で欠落している所があると皆感じています。このことは他の先進国にも言えると思います。 欠落した部分を補うのに必要なものとは“恵まれた環境に生まれたことに感謝すること”だと私は思います。人は環境を選んで生まれてくることはできません。だから世界には戦地に生まれる子もいれば平和な国に生まれる子もいます。このことを考えたら,死と隣り合わせの生活をしなくてすむ私たちの環境はもうそれだけで恵まれていると言えないでしょうか。このことに感謝できれば,相手を思いやったり自分を見つめたりできる心の余裕が生まれます。余裕が生まれたら,欠落した部分を補うための何かがきっと見つかるはずと私は信じています。 私自身も恵まれた環境に生まれたこと、そして今回スタディーツアーに参加できたことに心から感謝し申し上げたいと思います。本当に多くの方々のおかげでした。 ありがとうございました。 考えるという過程 六年制普通科3年1組 隆野咲紀
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| 立志 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 一組 宮本 元 二〇〇八年、僕は十四歳になった。二〇〇八年の一年間の漢字が『変』であったように僕も今年一年間で変わったように思う。しかし、僕の『変』は残念ながら良い意味の『変』ではない。良くない方の『変』だ。だから変わったというか変わってしまったという感じだ。本当はこんなことはないが、もし過去と未来のどちらかに行けるとして、そのどちらかを選択するならば、僕は『過去』を選ぶだろう。理由は自分でもよく分からないけど、きっと未来の自分が心配で、過去の自分のほうが今の自分よりも純粋だったからだろう。今のように宿題は夜遅くじゃなくて夕飯を食べた後すぐにやっていたし、学校に忘れ物なんてすることは時々しかなかった。自分より他人を優先していたし、部活でどんなに疲れていても、ほかの事をサボったり後回しにすることはなかった。新しいことに挑戦し、授業中寝てしまうことはほとんどなかった。それに比べて今の僕は何なのだろう?遊んでばかりいて、思ったことを実行できもせず、テスト勉強もぎりぎりにやってしまい、成績は前より下がってきている。頑張ったとか言っていたけど、今思えば全然頑張れていなかったんだと思う。前の自分は今の自分より良かったなと思う自分が情けないし、悔しい。原因は悩み事が多くなったせいなのかもしれない。でも悩んでばかりいて、今の僕は改善できていない。どんなことにも悩まず、前を見て走っていた自分に戻りたい。そして十四歳の今、自分の部屋で机に向かってこの作文を書いている僕は二〇〇九年を迎えた。今年からは変わりたい、いや変わらなければならないと思っている。今の堕落している自分に終止符を打ちたい。まずそのために始めたのが生徒会活動だ。学校をもっともっといい学校にするという目標を持って努力するのと同時に、自分に目標を持たせてけじめをつけたいと思う。また今年からは将来の夢も頭に入れて生活していきたいと思う。将来の夢…いままでいろんなものを考えた。保育園の時はバスの運転士になりたいというのが夢だった。理由はバスでいろいろな人を乗せるので友達がいっぱい出来るし、いろいろな所に行けるのがいいというものだった。小学生の低学年の時は、漁師になりたいと思っていた。漁師が魚をとる時のかっこいい姿に憧れていたし、今はもういないけど、祖父が魚釣りが大好きで、よく一緒に釣りに行っていた思い出があったからだ。そして小学校高学年から今の夢に近づいてきた。それは外国でボランティアをすることだ。その時は人を助ける仕事がしたいなと思っていて、消防士や警察官にもなりたいと思っていた。しかし外国で困っている人をテレビや図書室の本で知り、外国でボランティアをしたいと思うようになった。そして中学二年生になってやってみたいと思ったのが、今の夢である青年海外協力隊の一員として貧困地域で柔道を教えることだ。以前、新聞で青年海外協力隊で空手を教えている人の特集を見てそう思った。柔道は小学一年の時から続けているが僕は高校までしかやらないと思う。だから自分の仕事に活かしたいと思った。でも青年海外協力隊のことを調べて、なるのはとても大変だということを知った。英語も覚えなければならないし、人間性を磨かなくてはならない。その人間性というのは、責任感、思考の弾力性、積極力、忍耐力、表現力、態度というのが主であるらしい。まったく今の僕には身についていない。だからこれからいろいろなことに挑戦して身につけていきたいと思う。 これからいろいろなことがあると思う。家族のこと、友達のこと、学校のこと、部活のこと…でもこれからは過去ばかり考えていないで未来の自分に向かって、少しずつでもいいから前に歩んでいきたい。それがどんなに大変で厳しい道だとしても僕はくじけないようにしたい。
ニ組 東 ひとみ 立志の日を迎えるにあったって、自分の将来について考えてみました。 幼稚園に通っていた頃の夢は「ケーキ屋さん」「おもちゃ屋さん」で、小学生の頃は「作本家」「テレビのプロデューサー」になることでした。いつもころころと私の夢は変わっていたけど、中ニになって間もない頃、本当になりたいものを見つけました。 母の勤めている薬局へ行ったことが一番のきっかけでした。薬局の中に入ると、患者さんが多くて、母を待っている間、たくさんの会話を耳にしました。 「お体の方はどうですか?」 「はい。おかげ様で。」 「前よりお薬が減ってきていますね。」 「このごろ体の調子が良いんですよ。」 「お大事に」 この他にももっと、私の心に響いてくるような会話があったけど、患者さんと薬剤師さんが暖かい笑顔で話している姿を見ているだけで、「いいなぁ。私もあんなふうになれたらな…。」と思いました。愚痴をこぼす患者さんもいたけど、どの人も笑顔で帰っていきました。 どの薬がどんな病気に効くのか、また、どんな副作用があるのかなどを母は時々、私に教えてくれます。風邪をひいてしまった時や処方箋をもらいに薬局へ行くときなど、頭痛に効く薬の名前を少しだけ、話してくれたりします。その時、「薬って不思議だな。もっと知りたい。…私も薬剤師になりたい。」と思いました。 だから、私の目標は、「人に笑顔を与えられるような薬剤師になる。」ということです。 私は、いつもたくさんの人に助けられて、支えられてきました。だから今度は私が、目標を達成して、たくさんの人を助けることができたらいいなとおもいます。 この目標達成のためには、勉強することが一番大切だなと思いました。数学も理科も、私の苦手な教科だけど、夢のために頑張っていこうと思いました。その他にも、たくさんのことをチャレンジしてみようと思いました。元々私は、チャレンジしたりとか、新しいことに挑んでいくことは苦手だったけど、目標や夢を定めてから、少しだけど前向きになれたような気がします。「夢って、力があるんだな」と思いました。その夢の力を生かして、前へ前へ、進んでいきたいと思います。 私は、小学生のときから剣道をやっていて、教わったことがあります。「諦めないことの大切さ」です。「諦めずに歯をくいしばってやれ!」とよく先生に注意されます。初めは、「そこまでしなくたって…。」と思ったこともあったけど、本当に、最後まで諦めずにやった試合は、印象強く心に残りました。きっと夢も同じように、あきらめずに追い続けることが大切なのだと思います。 私がこれから歩む道には、たくさんの苦労や悲しみ、大きな壁が立ちはだかっていると思うけど、自分を信じ、夢を信じて歩いていきたいと思います。
二組 福多 恭子 私はどちらかというと内気な性格で、人と接することがとても苦手です。自分から発表したり何かに立候補しようとも思わないし、そういうことをする機会があってもやりたいなとも思いません。みんなと同じだと失敗することも少ないし、何より安心できるので目立たないようにいつも周りを気にしています。家族から、 「人の事ばかり気にせず、自分の事は自分で決めて、こうしたらいいと思えば自分から進んで実行しなさい。」 といつも言われます。友達からも 「気にしすぎだって。」 とよく言われます。でも私は、なかなかそれができないから、いつもこれでいいのかとか、人はどう思っているのかとか色々心配なのです。しかしこれではいけないとよく自分でも思います。だから立志の決意として、私は将来の自分の夢に向かって努力しようと思いました。 私の将来の夢は、一流の高級ホテルの従業員になることです。具体的にいうと、他人が喜ぶことは進んで行い、困っている人がいたらさっとそれに対応した手助けができるような、そんな理想的なホテルの従業員になりたいと思います。そのためには協調性も大切ですが、人より一歩前に出ることも必要です。そうなるには今の私の性格を変えなければなりません。だからこれからは明るくて前向きで、周りをあまり気にし過ぎないように心がけたいと思います。私がなぜホテルの従業員になりたいと思ったかと言うと、前に家族旅行で行ったときのホテルのフロントに立っていたお姉さんにあこがれたからです。その人はきっちりスーツを着てお化粧をしていてきりっとしてて、とてもすてきに見えました。そういう風な人たちはたぶん、気持ちから違うんだろうなと思いました。私みたいにうじうじ悩んでいたら、そんな雰囲気が周りに伝わってしまうと母に言われたことがあります。あのお姉さんは気持ちの切り換えなどがちゃんとでき、みんなに良い雰囲気を伝えているからすてきに見えるんだろうなと今分かったような気がします。 私はこのお正月に親戚に頼まれて、白崎八幡宮で巫女の仕事のお手伝いをしました。他の中学生は職場体験をするのだからやってみなさいと両親が言ってくれたのでやりました。そこで私は接客の大変さが身にしみて分かりました。私は巫女さんになってごへいを振ったりお神酒をついだり説明をしたりしました。私は毎年お参りをしにこのお宮に来るのですが、参拝者の立場では分からない、参拝者から伝わってくる独特の雰囲気がお宮側にはあるということを初めて知りました。私は二、三回参拝者のちょっとした態度や言葉に傷つきました。「接客ってこんなものか。」と私が嫌な気持ちでごへいを振っていると何人かの高齢者の方に 「重くない?手が疲れるねえ。ありがとう。」 と優しく声をかけていただき、とてもうれしくなりました。人と人とのコミュニケーションには、こういうちょっとした優しい心遣いが大切で、明るい人間関係を作るということを改めて実感しました。またホテルという職場は接客業だから、こういうことが一番大切なのではないかということに気がつきました。私はこの正月にとても大事なことを学びました。 また参拝者の中に外国人の方が数名いました。ふと私はホテルには色々な国の人が来て、日本語と英語だけでなく他の国の言葉も話すことができた方が楽しいのではないかと思いました。話の内容は変わるのですが、私には兄と姉がいます。兄は韓国語、姉は英語とドイツ語を話すことができます。二人とも大学に行ってから、語学の勉強をがんばったようです。外国人の友達を何人も持ち、海外旅行に何度も行っています。話を聞いていると「世間は広いなあ」と思いとても夢がふくらむ気がします。それで私は大学で語学を学ぼうと決めました。これが私の夢の実現への第一歩だと思います。私は今まで中学校の国語や英語の授業を目的意識を持ってやっていたわけではありませんでした。しかしこの立志の作文を書いて将来の事がはっきりし、勉強への目的意識がわいてきました。
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| 平成20年度全日本高校模擬国連大会出場報告 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 〈冷戦終了後、世界各地で急増した紛争―― その紛争の最前線で戦っているのは、皆さんと同年代の、 またはもっと幼い子ども兵達であるという事実を、知っていますか。〉 平成20年11月8日(土)−9日(日)、グローバル・クラスルーム日本委員会/模擬国連委員会が主催し、 「今日世界では、約30万人の『子ども兵』が30以上もの紛争地に存在するといわれています。 ―中略― 「出会いの中で」 このような大会に参加するのは初めてで、不安なことがたくさんありました。 また、出会った友達は、英語が堪能など皆スーパー高校生で、とても同年代には思えないほどでしたが、 「レベルの高さ」 先日、模擬国連大会に参加してきました。1次審査を突破した全国の高校生が集まり、
[模擬国連とは・・・グローバル・クラスルーム委員会HPより] 学生が1カ国の大使として国際会議をシミュレーションすることで、 さて、そのような模擬国連ですが、1923年にアメリカのハーバード大学で模擬国際連盟(当時は連盟!) 現在も北は北海道、南は大分まで多くの大学生が模擬国連活動を行っていますが、近年は総合的な学習 今後、模擬国連がより多くの学生にとって国際問題を知り、行動を起こすきっかけになればと思います。 |
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| 付中3年生の平和学習 感想文 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 回天記念館で学んだこと 高水付属中学校3年 岡本 宏平 9月22日、気持ちよく晴れわたった青空の下、ぼくたちは回天記念館を訪れました。そこには、国を、そして愛する家族や恋人を守るために自分の命を犠牲にした人々の遺品や顔写真がありました。それらを見ていると何ともいえない気持ちになりました。年齢は17〜20歳の若い人ばかりで、とても驚きました。みんなとても優しそうな人ばかりで、このような人たちが、回天という恐ろしい自爆兵器を米軍の軍艦にぶつけていったということが、信じられませんでした。彼らはあの狭い兵器の中で何を思いながら死んでいったのでしょう。恐らく、自分の死によって、愛する人や祖国を守ることができる。そう思って死んでいったのではないかと僕は思います。 海は見わたす限りに青く、緑豊かなこの島で、たった60数年前に若者たちが回天に乗るための訓練、いわば「死ぬための訓練」をさせられていたのだ。そう考えながら大津島を歩いていると、彼らが命をかけて創りあげたこの平和の中を、当たり前のように生きてきたこれまでの自分が恥しくなりました。自分が彼らの上に立って生きていることを忘れずに一日一日を大切に生きてゆこうと思います。 しかし、今に日本では毎日のように、殺人や自殺といった悲しいニュースが飛び交っています。このような現状を、回天によって命を落とした彼らはどのような思いで見ているのでしょう。ぼくはとても悲しんでいると思います。自分たちが命をかけて守ったものはこんなものだったのかときっと嘆いていると思います。 ぼくは、この国のために死んでいった若き勇者のために、そしてぼくの周りにいてくれるたくさんの人々のために、真剣に前向きに生きてゆこうと思います。 ![]() |
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| 付中2年生のサマーセミナー感想文 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 「オリエンテーリング」 高水付属中学校2年1組 桝尾 美加 「ゆっくり降りてきんさいね。まっとってあげるけぇね。」と友達が言った。私は、その励ましの声を聞きながら、舗装されていない山の斜面をゆっくりと何とか下っていった。 暑い中、山の中を使って行われたオリエンテーリング。ポストを探しながらがけを登ったり下ったりしていった。私が山を登る時に一番嫌いなところは、石がむき出しになっている坂道だ。滑るのが怖くてゆっくり降りるため、皆に迷惑をかけてしまっていた。そんな中で、友達が先ほどのような言葉をかけて待ってくれていたのだ。 いつもは「早くして。」とせかされていたので、今回は安心して少し速く降りられたし、何よりその言葉をかけてもらえたことがうれしかった。 そして、もう疲れたし制限時間になるかもしれなかったので集合場所に戻ると、何とか一時間以内に着いたのでほっとした。疲れたけれど楽しかったので、またやりたいと思えるようなオリエンテーリングになったかなと思った。 普段はオリエンテーリングなんてしないので、こういう体験で友達と協力することになったり、声かけしたりすると、その友達の良いところが見つかると思う。もしまたこういう行事があったら、今度は私からも手助けの声を出したいと思う。
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| 「恐怖の向こうは」 高水付属中学校2年2組 西村 勇輝 ぐらぐらと柱がゆれる。夏なのに肌に微妙な冷たさを感じた。下にいるみんながとても小さく見える。思い切って飛ぼうと思うとすぐに足がすくむ。ぼくの背中には命綱がつけられているのに地面にたたきつけられることを考えてしまう。何度も飛ぶのをやめようと思った。でも、もうみんながぼくを見ていたのでやめるわけにもいかず、飛ぶことを決心した。飛び台の先に行こうと一歩ずつ足を出すと、そのたびに柱がゆれる。ついに飛び台の先に来た。そこでもまた何度もやめようと思った。でももうここまできたら飛ぶしかない。ついに思い切ってこう言った。 「3、2、1。」 ギギッと飛び台のきしむ音が鳴った。ぼくは約10メートル下に落ちていた。するとクイッと命綱に背中を引っぱられた。飛び終わるとさっきまではあんなに怖がっていたのにとても楽しくなっていた。最初はチャレンジしてみようかなという軽い気持ちでやって、次にすさまじい恐怖を味わって、最後は楽しんで終わった。 ぼくはこのTAP(徳地アドベンチャープログラム)を通じて、チャレンジすることの恐ろしさ・楽しさ・大切さを知った。ぼくはTAPをやって心も体も少し成長した気がした。ぼくはこれからTAPで学んだチャレンジという世界にもっと入りこんで行きたい。そのためには何事も恐れないことが必要である。
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| 「野外炊飯をして思ったこと」 高水付属中学校2年3組 澤原 茉由 なべを開けたらカレーのいい匂いが周りに広がった。本当はハヤシライスを作るつもりだったけれど、何かの手違いでカレールーを入れてしまいカレーになった。でも私はカレーの方が好きなのでうれしかった。カレーはとてもおいしかった。少しかたい野菜もあったけれど、おいしかったので全く気にならなかった。私と角野さんは火係で、火がなかなか着かなかったり途中で消えそうになったりと全然安定しなくて、きちんと煮えているか心配していたけど、おいしくできたのでうれしかった。これも調理をがんばってくれた班の人のおかげだと思う。手際のいい人、切るのが上手な人、 味付けが上手な人、色々な人の意外といったら失礼だけど、意外な良い所が見られてうれしかった。私は調理の方にまわらなくて絶対に良かった(これは母にも言われた)。 でも、人参を私の皿に入れてくるのはやめてほしかった。私が嫌いなことを知っていて、私の皿に人参を入れてきた。せっかく古泉さんが少なくついでくれたのに、「ルーをついできてあげる。」と言ってルーもいっぱいついできてくれたが、人参も4個くらい入れられた。1個は友達に食べてもらって、残りは自分でがんばった。 「小学生か!」と友達に言われて散々だったけれど、みんなでワイワイできて楽しかった。3年生になってもまた、みんなで泊まってワイワイやりたいと思った。
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| ユネスコ全国大会in東京 参加報告 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| この度、六年制普通科3年の黒田咲穂さんと牧嶋恵子さんの2名が6月7、8日に東京で開催された 第64回日本ユネスコ運動大会にユース・スタディーツアーin カンボジアの事後研修を兼ねて参加しました。 事後研修では、(株)博報堂の方を講師に招き、プレゼンテーションスキルなどを学び、伝えることの難しさを実感しました。 ぜひ今後の報告会活動や社会生活で生かしていきたいと思います。 また青年の集いというプログラムでは全国のユネスコ会員が集まり、「平和について」のディスカッションが行われました。 老若男女様々な意見が飛び交い、大変有意義な時をすごすことができました。 そして、これからも熱い仲間と共にユネスコ活動を続けていけたらと思います。 (高水高校 3年 牧嶋恵子) 東京の目黒で行われた全国大会は、カンボジアスタディーツアーの事後研修も兼ねており、一泊二日という短い期間にも関わらずとても充実した時間を過ごすことが出来ました。 プレゼンの仕方を教えていただいて私達のカンボジアでの経験を発表したり、フィリピンに行った大学生の発表を聞いたりするのはとても勉強になりました。また、青年プログラムで、平和について様々な年代の方と話し合うという貴重な体験もすることが出来ました。 今回学んだ多くの事をこれからのユネスコ活動に生かせるように頑張りたいと思います。 (高水高校 3年 黒田咲穂)
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| 付中1年生の田植えと烏岳峰登山 感想文 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| ―感想文掲載にあたり、保護者宛文書に掲げられた今回の行事の目的を引用しておきます。― 田植えと「楽学の碑」訪問によって、君たちにこんなことを期待しています。 ◇田植え ・ものづくり体験を通じて、私たちは人の手によって作られたものに支えられていることを理解する。 ・君たちを温かく迎えてくれる先輩たちとふれあい、交流を深める。 ◇「楽学の碑」訪問 ・「楽学」にこめられた意味についてあらためて考える。 ・碑を守ってきた先輩たちの、「楽学」及び高水学園に対する思いを感じ、その先輩方の支えがあって111年目の高水があることを理解する。 私たちが「あたりまえ」と思いがちなこと(物を食べられること、学校に通えること、お家の方にお弁当を作ってもらえること、高水に111年の歴史があること……)についても、感謝の気持ちを忘れずにいたいですね。 |
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| 「高水訪問を終えて」 高水付属中学校1年 岩倉可奈恵 6月6日金曜日、高水の訪問をしました。この高水訪問の目的は、「土を感じ、水を感じ、緑を感じる」ことです。そして「あたりまえに感じているものはあたりまえではないことを知るため」だと思います。 初めに、田植えをしました。私は田んぼに入ったことはあるけれど、はだしでは初めてなので、土の感触をとても不思議に感じました。また、足を洗う時、家で使う水道水とはちがった「水」を感じることができました。いつも食べているご飯は、このような作業を続けて、私達が食べるご飯ができることを知りました。 次に、烏岳峰に登りました。思っていたよりも険しく、厳しい上り坂でした。登る途中に水が流れていて、なんだか、心が清められた感じがしました。また、植物もたくさんあり、さまざまな緑を感じることができました。頂上に続くとても険しい道を登りきった後は、とてもすがすがしい気持ちになりました。少し曇っていたけれど、とてもよい景色でした。頂上で昼食をとり、校歌を歌ってから下山しました。 そして最後に、楽学の碑の見学をしました。よく見ると、高水学園にある楽学の碑とは微妙にちがっていました。その後に渡辺元教頭先生から、高水の歴史を教えてもらいました。高水には、こんな歴史があるんだな。と思いました。 私は、この高水訪問をして、たくさんのことが学べたと思います。校長先生がおっしゃっていた「土を感じ、水を感じ、緑を感じる」という意味が、なんとなくわかった気がします。この高水訪問で学んだことを忘れないようにしたいと思います。
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| 「渡辺先生と田んぼとあじちゃいと私」 高水付属中学校1年 石原 瞭 高水の地訪問ツアーがありました。ぼくが一番楽しみにしていたのは、校歌にもでてくる烏岳峰に登ることでした。(後になって考えると、これが一番苦しかったです。) まず田んぼへ行き、田植えをしました。少しヘドロのような田んぼへ入るのはためらいがありましたが、こういうふうにして入りました。 「押すな、待って、心の準備が…あぁグショ!いやぁはまった。ぬけんんんん…。」 まあこんな感じです。1回目は服も汚さず清潔にきれいにできましたが、2回目は、 「苗がなくなりました。あっベショ!服についたぁアハハハハ。」 と、もう服が汚れるのも気にならなくなりました。おかげで、バスの席に新聞紙をしかなくては行けなくなりましたが・・・。 次は烏岳峰登りです。2.6Kmなんか、スプリングセミナーに比べれば「へ」でもないわ!となめていました。 ごめんなさい。山をなめていました。実際は本当にキツかったです。そのかわり頂上の景色、弁当の味、「あじちゃい」(「あじさい」の小っちゃいもの)の香り、野いちごの味はサイコーでした。 帰りは、あじちゃいで遊びながらあっさりと下りれました。 最後に楽学の碑を見学しました。昔からあったような重みがありました。 渡辺先生の話を聞いて、まさに高水の生き字引だ!という感じがしました。 今回のツアーを通して、たくさんの体験ができ、高水の歴史の重みを感じることができました。まず第一に楽しかったです。
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| 「高水の地へ行ってみて」 高水付属中学校1年 星出 諒太 まずこの訪問でぼくが目的にしていたことがあります。それは校長先生がおっしゃってたように土、水、緑に触れるということです。 まず最初の目的の土、水に触れる田植えがありました。 田んぼに入った瞬間、足が土にはまったのでびっくりしました。土の感触はやわらかくて最初は気持ちが悪かったけれど後になるとだんだんなれてきました。 そして稲の苗を植えていると高水の卒業生の方が、 「上手だね」 と言ってくださいました。うれしかったです。 水で足や手を洗っているときに水がなんだかとても気持ちよかったです。 次に烏岳峰(烏帽子岳)に登りました。 ここでの目的は緑に触れることと頂上で大きな声で校歌を歌うことです。 烏岳峰を登り始めるとまだ500mもたたないうちにちょっと疲れてきました。 緑がとってもキレイでびっくりしました。 最後の大将軍からの道は階段やけわしい道だったので本当に疲れました。でも頂上についた瞬間バーと一面すごい景色が広がりました。とってもキレイでした。 最後に6代前の教頭、渡辺先生が高水の歴史について話してくださいました。 ぼくが特に印象に残っていることは、高水は地域の皆さんの協力があったからこそ建てることができた。というところです。 だからぼくは、この高水に入学できたことにほこりを持って学校生活を過ごしたいです。 帰るときに楽学の碑を見ました。これを見ると歴史を感じました。 よい経験ができて本当によかったです。
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| 「高水訪問をふり返って」 高水付属中学校1年 浜崎優里香 6月7日、私達は高水の地を訪れた。 まず私達は田植えをした。簡単な説明のあと、恐る恐る畑に足をふみ入れた。グチョグチョとした感覚があり、足がぬけなくなってしまい、少しあせったが、慣れて来ると意外に心地良かった。 「天空高き烏岳峰〜」の歌詞のもと、田植え後烏岳峰に登った。スプリングセミナーの時よりは大分距離も短かったが結構しんどかった。特に大将軍からの登山道は石などが多く、滑りやすくて危険だった。だからすごく慎重に歩き、こけないように気をつけながら登った。登頂した時、視界がパアッと明るくなり、思わず一瞬目を閉じた。再び目を開けた時きれいな景色が広がっていた。山々が広がり、多くの建物を見渡すことができた。そこでお弁当を皆で食べたがいつもよりおいしく感じた。全員で校歌を歌ってから下山した。 そしていよいよ、“楽学の碑”を見に行った。学校にある碑とそんなには違っていなかった。それから6代前の教頭、渡辺先生のお話を聞いた。日露戦争などで教師たちが兵士にかり出され、教師が少なくなってしまったこと・・・。きっと皆本当は戦争に行きたくなかったけれど、それを言えずに亡くなっていったんだろうなと思った。 今までよく考えたことは無かったが、多くの人々の支えがあって高水の111年という歴史があるんだ・・・と感じた。改めて素敵な学校に入学したなと嬉しかった。 帰りのバスの中で寝ようかなと思ったが、寝られなくて辺りを見回すと5、6人が寝ていた。今日はつかれたが、楽しい1日だったなと感じた。今日学んだことを活かして学校生活がんばろう!と思う。
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| ユース・スタディーツアーin カンボジア帰国報告 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| この度、六年制普通科3年の黒田咲穂さんと牧嶋恵子さんの2名が(社)日本ユネスコ協会連盟が募集した ユース・スタディーツアーin カンボジア(平成20年3月23日(日)〜4月5日(土)の14日間) の旅程を無事終了し、貴重な体験を重ねて帰国しました。 「平和の砦」 高水高校 3年 牧嶋恵子 カンボジアでの2週間、ギャップに戸惑い、疑問を持ち、仲間と毎晩熱く語り合った日々は私の大切な宝物です。 発展途上国であるカンボジアは、過去の内戦の傷跡が今なお残り、多くの問題を抱えています。 しかしそんな中でもカンボジアを良くしようと活動している人たちが多くいます。 このツアーを通して、彼らの活動の一つ一つが「平和の砦」を築いているのだと感じました。 この体験を多くの人に伝えていきたいと思います。 “学び”の2週間 高水高校 3年 黒田咲穂 カンボジアでの2週間は私にとって“学び”の2週間でした。 地域に密着した寺子屋の活動や壮大なアンコール遺跡、恐ろしい地雷など 日本にいては消して目にすることのない現実を実際に見て、 いかに自分が今まで小さな世界にいたかを思い知りました。 世の中には私の知らない現実が、まだまだ多くあると思います。 これからもユネスコなどを通じて、世界の様々なことを積極的に学んでいきたいです。
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| 付中全員で劇団四季ミュージカル「美女と野獣」を鑑賞してきました | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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| 生徒感想 私はミュージカルなどを見ることが大好きなので、この日をとても楽しみにしていました。きれいな衣装、色々な場面でのセットや背景がとても素敵でした。 私は、ベルがお城で食事をする時の音楽とダンスが一番心に残っています。とても華やかで見ていると楽しくなり、歌っている人の声やダンスがすごくて「あんなに踊れたら楽しいだろうな」と思いました。見ているとその世界に入り込める感じで、ずっとその場に座っていたい気持ちになりました。 やっぱり劇団四季の方々は素晴らしく、とてもあこがれます。 今回、このような機会を与えてくれた両親、先生方に感謝したいと思います。 (中学1年女子) |
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| UNESCO青年交流信託基金によるユース・スタディーツアーin カンボジア参加決定 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| (社)日本ユネスコ協会連盟が募集したユース・スタディーツアーin カンボジア(平成20年3月23日(日)〜4月5日(土)の14日間)定員10名の高校生枠に本校から六年制普通科2年の黒田咲穂さん、同2年の牧嶋 恵子さんの2名が選抜されました。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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| ―「ユース・スタディーツアーin カンボジア」の趣旨― | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| UNESCO 青年交流信託基金は、世界の学生・教員などを対象に相互理解を推進し、国際理解を深める活動をするために日本政府の拠出金をもとにUNESCO に設立されました。 1999年のケルンサミットで国際交流の重要性が提起されて以降、日本ユネスコ協会連盟はこの基金を、次世代を担う青年の育成を目的としてUNESCO本部から受託し、毎年スタディーツアーを実施しています。 若い世代のユネスコ運動への参加が望まれている今、将来のユネスコ活動を担う元気な高校生の参加を期待します。 |
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| ―実施日程(初日は成田で事前研修会)― | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 訪問予定地: カンボジア ■ プノンペン(青年との交流プログラム、市内見学) ■ シァムリアップ(寺子屋視察、青年との交流、伝統文化学習) ■ アンコール(世界遺産視察) |
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| 異文化交流セミナーを開催しました | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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| エクアドルの国名はスペイン語で「赤道」を意味すること、地理、気候、文化などを紹介していただきました。スペイン語の挨拶も練習し、生徒たちも積極的に参加していました。セミナー終了後も、用意していただいた民芸品や写真を見ながら交流しました。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 生徒達の声 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| エクアドルのことは、なかなか話を聞く機会がないので良い経験になりました。雪が降らないと聞いて驚きました。他にも、モルモットを食べることや家がセメントで出来ているなど、日本の生活と大きく違うことが分かりました。特に原油などの資源は国の収入の50%と聞き、日本にも同じ量の資源があればいいなと思いました。スペイン語のほかにも、ケチュア語やヒバロ語などいくつかの言語を使っているところは日本にはないところだと思いました。これからも色々な国のことについて、興味を持って調べていきたいと思いました。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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| 14歳、新たな誓い(立志式)を開催しました | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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| 人格形成の大切な時期にさしかかった生徒たちに自分の人生を振り返り、将来や夢について考えてもらう行事で、今年で6回目を迎えました。名前を呼ばれた生徒はひとりずつ壇上に上がり、クラスメートや教員,保護者の前で各自の決意を表明しました。 誓いのあと、保護者からの手紙が載せられた冊子が一人一人に渡され、生徒たちは自分への思いがつづられた手紙に感激し、熱心に返事を書きました。 この他、岩国市青少年育成市民会議が主催する「立志の日」作文で入賞した生徒による朗読も行いました。 |
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| 平成19年度「立志の日」作文発表大会で入賞しました | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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| 大会入賞者 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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| 第三回「中高生向け立志論文コンテスト」で入賞しました | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 平成20年1月6日(日)神奈川県茅ヶ崎市の松下政経塾講堂にて開催された第三回「中高生向け立志論文コンテスト」決戦大会に進んだ本校六年制普通科2年大矢格君がみごと入賞を果たしました。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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| 大会趣旨(財団法人松下政経塾ホームページより抜粋) | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 第三回「中高生向け立志論文コンテスト」は11月に予選が行われ、中高生合わせて10名の方々が決戦大会に進むことになりました。応募作はいずれも十代の若者らしい鋭い感性と純粋さを感じさせる力作揃いです。 決戦大会では、10名の出場者が自らの立志を力強く発表いたします。今年も出場者や関係者だけでなく、広く一般の方々にも公開することと致しました。ご観覧の皆様にもぜひ、出場者を温かくご支援いただきたいと思います。 この「立志論文コンテスト」の応募を通じて、自らの可能性に目覚め、21世紀の指導者となるべき逸材が輩出することを切に願っております。 |
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| 財団法人松下政経塾:http://www.mskj.or.jp/ | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 第一回全日本高校模擬国連大会へ参加しました | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 平成19年11月17日(土)-18日(日)、グローバル・クラスルーム日本委員会/模擬国連委員会が主催し、外務省・経済産業省・国連広報センター・国連大学・財団法人日本国際連合協会・文部科学省が後援する第一回全日本高校模擬国連大会が東京の国連大学エリザベス・ローズ会議場で開催されました。 本校からは厳正なる審査の結果、六年制普通科2年の黒田咲穂さん、同2年の牧嶋恵子さん、ならびに指導教官として田中真澄教諭の3名が選抜され、全国から集まった高校生たちに交じり熱弁をふるいました。 |
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| ―「模擬国連」とは― | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 参加者一人一人が世界各国の大使となり、実際の国連会議で扱われている問題を話し合うことによって、国連会議を再現し、国際問題の難しさを理解すると共に、問題の解決策を探ろうとするディベートです。 参加者はまず自分の担当国を選び、担当する国が決まり次第、「参加する会議で扱う問題」、「国連における今までの審議の成果とその課題」、「担当する国の過去の政策」といった点について多角的な調査・研究を行い、自国の政策を立案します。そして、会議では、演説や他国との交渉を通じて、会議の意思決定の下地となる決議案を作成していきます。最終的には、担当する国の国益を追求しつつも、国際社会にとっても有益かつ実効的な解決策・対策を盛り込んだ決議案を投票にかけ、決議として採択します。 このような一連の過程を通じて、参加者は話し合う問題や担当する国の政策についての理解を深めると共に、国連を舞台とした国際政治の力学、可能性と限界を実感することができます。また、多国間外交や現代の国際関係を体験的に学習することによって、現代の複雑な国際政治の仕組みを理解することができ、またそのような複雑な国際政治を通して問題の解決策・対策を探ることによって、これからの国際社会に必要とされる人材の育成にも大きく寄与することになります。 |
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| ―今大会の議題― | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 目下、国連総会で非公式テーマとして議論されている気候変動問題を下に若干の架空の設定を施して、国連総会の公式討議における「気候変動に関する国際社会の将来的取り組み」とする。 現在の諸問題を踏まえた上で、将来的に途上国の参加問題や各国が負うべき義務をどうす るのか、一つの可能性が高校生の視点の柔軟さと各国大使としての現実性の中から紡ぎだされる機会になると同時に、ニュース越しの出来事をより身近に感じてもらう場になればよい。 |
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| ―参加校と国割り― | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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