学校概要
本校の中高一貫教育の伝統はまもなく五十周年を迎えます。
私たちは建学の精神を尊びこれからも「徳性の陶冶」を旗印に人づくりの教育を推し進めていきます。
楽学
『楽学』の精神は「学ぶことの楽しさ」や「楽しく学ぶこと」の意義を説くことによって備わるわけではありません。
学ぶことが真に楽しいのは、「朋」がそばにいて一緒に学べるからです。
学校が学びの場所を示すだけでなく、学ぶ仲間の存在する空間を示すとき、学校は初めて学校としての輝きを放ち始めます。
本校が地域社会で認知され評価を受けるのは、『楽学』の精神によって培われた生徒と生徒、生徒と教師との強い絆づくりにあります。
『楽学』は、高水と関わりを持ったすべての生徒と教師の生涯にわたる合言葉であり、卒業後も生徒たちを本校に結び続けています。切磋琢磨しながら一緒に泣き一緒に笑った仲間を大切に思い、友情のすばらしさを実感できる学校として絶対に失ってはならない精神なのです。
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高水学園のあゆみ
| 明治31年 | 4月10日、熊毛郡高水村(現周南市)に高水村塾を設立 |
| 大正12年 | 財団法人山口県高水中学校を設立 |
| 昭和23年 | 学制改革により山口県高水高等学校に移行、併設中学校は付属中学校と改称 |
| 昭和29年 | 岩国市に転出 |
| 昭和34年 | 校名を高水高等学校・同付属中学校と改称 |
| 昭和46年 | 法人名を高水学園と改称、岩国短期大学を設立 |
| 昭和56年 | 岩国短期大学開学10周年記念式典を挙行 |
| 昭和59年 | 岩国転出30周年記念式典を挙行 |
| 平成10年 | 高水学園創立100周年記念式典を挙行 |
| 平成16年 | 岩国転出50周年 |
旧藩時代、三丘宍戸藩校徳修館の侍講であった宮川視明が、山口県熊毛郡高水村(現周南市)の烏帽子岳の山ろくに、磨鍼塾と称する私塾を開いて郷党子弟に孔孟の道を講じていた。
当時その徳望を慕って遠隔の地から来り学ぶ者も多かったが、視明の没後はその後継者がなく一時中絶した。
明治31年、同村の江田保は、同郷の人である正覚寺住職伊東法住、篤学者河谷茂作と計って、視明の嗣子である宮川泰を設立会長に推し、河村道篤を塾長に迎え、修業年限2ヵ年の私立高水村塾を同村字新町に設立した。
その後高水村塾は財団法人山口県高水中学校になり、爾来55年間、この地にあって農村子弟の教育に当たっていたが、時代の推移に伴い、昭和29年岩国市及び隣接町村の要請をうけ、現在地に学校を移転し、昭和46年学校法人高水学園と改称。
高等学校・付属中学校・岩国短期大学を持つ学園として今日に至っている。
校歌
設置学科
1.高等学校(共学)
六年制普通科
普通科
2.付属中学校(共学)





